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2015年06月06日

「脳が心を生むのなら、心から脳への働き掛けはありえないか?」という問い

by カエレバ


随分と前に読んだ本です。

神経科学では100年もの間、脳は子供のうちに形成され、それ以降は構造が変化することはないという考えが定説だったそうです。

現在では、それは否定され、神経の可塑性(元へ戻る性質)の研究が盛んなようです。

現在でも行われているのかどうかは分かりませんが、かつてダラムサラという場所においてダライ・ラマと科学者達が問答のような形で対話をする催しが定期的に行われていたそうです。

もともとは仏教に帰依していたカリフォルニア起業家アダム・エングルという人が企画したイベントが始まりだとか。

『タオ自然学』で有名なフリッチョフ・カプラに公演を頼んだけれども断られたのだそうです。

by カエレバ


当時の最先端の物理学と東洋思想の共通性を語った本を書いた科学者ですが、それ以上に肩入れすると科学会からキワモノ扱いされそうだと思ったのかも知れませんね。

超伝導素材を使ったジョセフソン効果でノーベル賞を取ったジョセフソンさんは、その後、霊的だったり超常現象的なエネルギーに興味を持ち始めたということで、少し高度な物理や工学を習う学校でもその話が話題として取り上げられたりします。

趣味の悪いジョークや揶揄とも言えなくもないですが、どうしてもそういった研究をしてしまうとキワモノ扱いされてしまうようです。

by カエレバ


そんなわけで、カプラに断られたことがきっかけで、物理学から認知科学にテーマが変更されたのだそうです。

ダライ・ラマは科学者に大きな問いを投げかけます。

「心は脳を変化させることができるか?」


多くの科学者の答えは否定的なものでした。

「脳が心を生み、形成しており、その逆は有り得ない」



このような考えと最初のほうで述べた「脳は成長期を過ぎると変わらない」という定説を根拠に、脳卒中患者のリハビリや強迫性障害(OCD)、うつ病などの患者の脳内配線を修復することを期待する治療というものは、それこそキワモノで無駄であるという考えが以前は主流だったのです。

20世紀末に可塑性を示す研究結果が示されるまでは。

興奮状態にある回路から静かな回路へエネルギーを集中させると、静かだった回路は興奮し増強され、もともと興奮していた神経は興奮することがなくなり、萎縮していく。

このことで些細なことが気になり不安になることで起こる、うつ病や強迫性障害の不都合な脳の回路の興奮を抑え、改善させることができることも示され始めます。

また、遺伝子によってある程度決まるはずの事柄についても、例えばラットの赤ちゃんの脳内遺伝子のどれがONになりOFFになるかは生まれた後に、母ラットがその赤ちゃんをどのように扱ったかによって決まるということを突き止めた研究もあるそうです。

脳は遺伝子によって決まるだけでなく、その遺伝子のどれが働くかには環境が関わっているということですね。


可塑性についてはガン細胞の増加具合や転移を調べるBrdUというものが脳でも見つかることで脳細胞が新しくできていることもわかっています。

エスレフ・アーマガンさんは先天的な盲目でありながら、陰影法や三点透視法を駆使した絵が描けるそうです。

手の感覚だけで描く目が見えない画家の絵がスゴイ

水面に影が描かれ、遠近法が使われています。

彼ほどではなくても、点字を読む人は先天的に目が見えなくても視覚野が活動し空間認識能力があることがわかっているそうです。


耳や脳機能に問題があって識字障害になっている人の中には、p,b,d,gといった短い破裂音を含んだ言葉が聞き取れず、その原因は(聞き取れなかったことが先にあるにせよ)それを聞き取る能力を司る脳回路が可塑性によって他のものに置き換わって失われたせいである可能性があるようです。

しかし、音声を加工してこの破裂音を通常よりも長く再生した音声を聞かせることで、能力が復活、向上したという報告があるとのこと。

また、手足を失った人が、その手足の存在を感じたり、疼きや痛みを感じるという幻肢は、その失った部分の機能を司っていた脳回路の再配置だとも考えられるそうです。

例えば手足を失ってある程度経った人の顔を綿棒などで刺激すると、場合によっては実際に刺激されている顔の部分の感触の他に、失った手足の特定の部分の感触も感じられることがあるとか。


環境によって、後天的に脳回路が変化していく(萎縮だけでなく増強も)ということから、心の持ち方で環境を変えることで脳を変えることができることもわかります。

強迫性障害などで行われる認知行動療法の1つである「暴露反応療法(ERP)」では、似たような考えが根底にあるものの、10から30%の患者はERP法に耐えられず、最後まで続けられないという難しさがあったそうです。

そこでシュワルツはマインドフルネス瞑想を認知行動療法に応用することで、マインドフルネス認知療法を編み出します。

ラットによる研究では、ストレスでも対処可能なストレスの場合には、一時的にストレスによる反応や体内物質が発生してもすぐに治まるそうですが、対処の難しいストレスでは、最初は活発に動いていてもそのうちうつ病のようにぐったりして動かなくなるそうです。

解決できない問題に悩み、それがアタマの中で何度も繰り返されるとその脳のネットワークが強化され、思考パターンやうつなどの反応が刷り込まれていくそうです。

そういったものにもマインドフルネス認知療法は有効に働く強みがあるとのことです。

マインドフルネスについてはこちらの記事を読んでください。

ティク・ナット・ハンとマインドフルネス

『始めよう。瞑想―15分でできるココロとアタマのストレッチ』


心の持ち方と行動を変えることで脳を変えることができることは現在では科学者も認める所なのでしょう。

そして、そのことを証明する数々の研究の背景に仏教を始めとした東洋思想があることはとても興味深いことですね。

以前はこういう本も随分読めたのだな、と感想を書いたノートを見返しながら思いました。
posted by まっさん at 10:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月29日

原始仏教と日本に伝来した仏教

先程、以前書いた記事のうち、読んだ本について書いた記事のリンクに修正を加えて、再度投稿しました。

以前は、不調ながらも随分本を読んでいたんだなと実感しました。

最近まで本を読むのがつらいほど頭の具合が悪かったので、年単位で読破できた本が一冊もない状態でした。

ようやく読み終わった本が一冊あります。



中村元はインド哲学の学者であり、仏教学者で東大名誉教授だった方です。

中村氏はNHKのラジオやテレビで度々、仏教について語っており、近年も生前に彼が出演した番組が再編中されてNHK「こころの時代」で放送されていました。

中村氏は仏教の中でも特に原始仏教を研究し、現在、日本で一般的に考えられている仏教はゴータマ・ブッダの死後、中東、中国、韓国を経て日本へ伝来する間に随分と変わってしまったものであることを明らかにしました。

この本も「こころの時代」で収録した内容を元に書かれたものです。

最近、聞いているこの動画も中村元氏のラジオのお話を録音したものでしょう。


原始仏教というのは現在残っている文献のうち古いものに書かれている、最も初期の仏教に近いであろう教え、思想を言うそうです。

そういった文献はパーリ語という現在では研究以外ではほぼ使われることの無い言語で書かれているそうです。

ブッダは紀元前5世紀ごろ、サーキヤ族(釈迦族)の王族の子として現在のネパールで生まれました。

幼い頃にこの世の理不尽、生まれながらにして異なる身分や命の儚さについて疑問を持ちました。

カースト制はこの頃すでにあったようです。

とはいっても、奴隷や身分制度は同時期のどこの国にもあったでしょうが。

しかし、29歳までは何不自由のない生活をしていたようです。

それでも子供の頃からの人生の疑問についての答えがどうしても知りたくなり、妻子や国も捨てて真理を求めて出家します。

この時代は様々な思想や宗教が生まれた頃のようで、中国で例えれば諸子百家(道家、儒家、墨家、法家などが表れ互いに相手と議論していたころ)の時代のようなものだったそうです。

その時代、特にブッダが仏教を説き、広め始めたころの代表的な思想家の一人にジャイナ教の教祖マハーヴィーラがいます。

そんな中、出家した彼は様々な修行者・思想家に弟子入りし、真理を得るための修行をします。

その多くは苦行であったようです。

結局、その結果、真理が得られなかったために彼は自ら教わっていた修行をやめて、基本的には清浄行というの身を清める修行のうちの断食を基本としたものを始めたようです。

そして、悟りを開いた後は禅定という瞑想の一種を重視しました。

極端な苦行は否定しつつも、ある程度つらい修行は必要であるとブッダは考えていたのだそうです。

有名な悟りはブッダが35歳のとき、ブッダガヤで得られます。

しかしながら、よく言われているような悟ったことでこの世の全てから開放されるようなことはなく、一生自分を戒め、穏やかながらも修行をし続けた生涯だったと本には書かれています。

また、仏教という、当時はそのような名もついていない思想を説きつつも、当時のインドにすでにあった思想や慣習と無関係であったわけではなかったそうです。

バラモンというカースト制の階級のバラモンについて、生まれや育ちではなく、何者にも執着しない者をバラモンというと説き、その解釈に自らの思想を反映させます。

また、生贄を捧げる、木片を燃やす(護摩行のようなものでしょう)など当時のバラモン教が行っていた呪術的なものでは、身は清められないとも言っているそうです。

しかし、業や輪廻、そしてそこから抜け出ることを意味する解脱はもともとインド哲学にある思想であって、バラモン教にもあるそうですが、ブッダはそれについて否定せず、その解脱の方法に新しい解釈を加えたのだと言います。

ブッダは教えは説きましたが、他の思想家がしているような論争には加わらなかったそうです。

自分の理論にこだわり相手をやり込めようとする行為が執着だからだとか。

面白いのは、骨と皮になるほど痩せこけるまで断食の修行をしたブッダは、同時に自分の身を大切にするようにと説いていることです。

真理に到達せずに死んでしまったり、修行できなくなっては意味がありませんから。

一般に考えられている解脱という思想は原始仏教にはなかったことがわかります。

さらに面白いことに、修行中、悪魔が心に語りかけてくるのですが、その悪魔もその身を大切にせよ、と囁いてくるのです。

悪魔の方はそのような断食はやめてバラモン教に従って護摩行をして身を清めるということにしたらどうか?と言うのです。

こういった悪魔には、インドに古くから伝わる「リグ・ヴェーダ」や叙事詩にも登場する名前が使われ、悟りを開いた後も度々現れます。

随分と日本人が知っている仏教とは違うと感じると思います。

他にも様々なエピソードや、原始仏教から既にある仏教の中心的思想など、この本の内容は非常に濃いものです。

じっくり時間をかけて、普通に問題なく本が読める方でも何度も読み返す必要がある本だと思います。

文章自体はとても平易なので、初めて仏教思想に触れる方でも読むことができます。


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posted by まっさん at 14:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月16日

大麻を海外で吸う人は少なくないと思う。

海外で広がる大麻の個人使用合法化 日本人が旅行先で吸引したら捕まるのか

このニュースを見て、思い出したのが藤原正彦氏。




彼はアメリカで仲良くなった男女に勧められてマリファナを吸ったことがあります。

心細い海外で要約できた友人を前にして断れなかったのでしょう。

「国家の品格」の作者ですら若い頃はこうだったわけです。

自ら薬を求めるのは論外としても、友人との関係で断れずに始めてしまうという問題はかなり解決が難しそうです。


一方、彼はその当時流行っていたらしい、ストリーキング、つまり裸で街中を走り抜けるということもやってます。

これは彼が自主的にやったもので、その上、彼は実行後、部屋に戻ってきて高揚感を感じています。

う〜ん、国家の品格とはなんでしょうね(笑)。

posted by まっさん at 22:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月25日

コーヒーに慣れていない頃の日本人がわかる「コーヒー哲学序説」



コーヒーにも牛乳にも慣れていない日本人がほとんどだったころの話です。

このころの牛乳が今のように加熱殺菌ができていないことを差し引いても、100年程度で自然淘汰によって牛乳に強い人間の子孫だけが残ったとは考えにくいですね。

日本人が牛乳に強くなったという事じゃないかと思いました。

生の牛乳でいくらか時間がたった、ぬるい牛乳というのはたしかに臭いがきついものです。

新鮮な牛乳は美味しいんですけどね。

その臭みをやわらげるために使われたのがコーヒーだったそうです。

時代が重なるのかどうかわかりませんが、牛乳が嫌いだった文豪というと森鴎外を思い出します。

記憶が確かならば、成人した後も母親が鴎外を心配し毎朝、牛乳を食卓に出していたそうですが、やはり臭みからか鴎外が好まずなかなか飲まなかったそうです。

こちらの場合は、臭みを消すために牛乳にワインを入れていたそうですよ。

寺田寅彦はコーヒーにエキゾチックなものを感じていたそうですが、日本人にとってエキゾチックというのは何なのかとちょっと考えてしまいました。

異国情緒ということからすると、確かに日本人にとっては欧米はエキゾチックで間違いないわけで、欧米人が感じるエキゾチックを日本人が共有しているかのような現在のほうが勘違いしているような気がします。

興味深かったのは、寅彦が病気のため一ヶ月ほどコーヒーを飲むことが出来ずに、久しぶりにコーヒーを飲んだときのことです。

そのときの世の中の見え方の描写がちょっとドラッグをやった人のそれのようです。

カフェインに弱い人にとっては、こういう効果があるのかも知れませんね。

コーヒーを飲んだ部族が卒倒したという話もあるようです。

よく奥地の部族と交流するときにタバコをあげることがありますが、ニコチンは大丈夫なんでしょうかね?


日本人はというと、昔からお茶を飲んできたおかげでカフェインに対して耐性があったそうです。

それでも、しばらくコーヒーを断つと寺田寅彦が感じたような心持ちになるんですね。

現代人は少しコーヒーを飲み過ぎなのかも知れませんね。

それでカフェインが足りない足りないと言って、さらにコーヒーを飲み、頭痛に悩まされるという事態に陥っています。

こういう人たちは思い切ってコーヒー断ちをしてみたほうがいいかも知れません。

しかし、これを読むとコーヒーを飲みたくなってしまいますけどもね。



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コーヒーと幻聴の関係(と、偏見)
posted by まっさん at 21:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月01日

ビタミンを最初に発見したのは日本人。最初のビタミンはビタミンBだった。 『ヴィタミン研究の回顧』鈴木梅太郎



玄米を食べると調子がいいです。

玄米にはGABAやビタミン・ミネラルが含まれているので、うつ病や統合失調症に効果があると言われています。

また、血糖値の急激な上昇を防ぐので、血糖異常による精神症状にも効果があるらしいですよ。

玄米と白米の違いは、表面の糠を剥がしたかどうかですよね。

この糠から抽出されたのがビタミンB。

世界で初めて、蛋白質や糖質とともに生命維持に必須だと認められた栄養素です。

これを見つけたのが鈴木梅太郎という日本の化学者。


畑違いだったせいで、世界でも注目されず、日本国内でも医学界から批判的に受け止められていたこともあり、彼の功績はほとんど知られていません。


『ヴィタミン研究の回顧』はそのときの話を鈴木梅太郎が振り返ったものです。


鈴木梅太郎はビタミンBを最初に発見した時、これをオリザニンと名付けたそうですが、前述の通り、注目浴びることがなく、その後、外国の科学者が同様のものを発見し、これをビタミンと名付けたそうです。

しかし、その科学者が発見・抽出したと主張したのは、鈴木氏がすでに発見したニコチン酸の結晶だったと言われています。

ナイアシンというのはニコチン酸アミドのことなので、もしかするとナイアシンなのかも知れませんね。


海外でビタミン研究が盛んになるまで、日本でも鈴木梅太郎のオリザニン、ビタミンBは顧みられず、ビタミンB欠乏によって起こる脚気の治療にオリザニンが使用されることは殆ど無かったそうです。


そもそも、医学界の大勢が脚気を感染症の一種だと捉えており、まさか栄養失調からくるものだとは思わなかったそうです。

あの森鴎外ですら、軍医として兵隊の治療に当たっていた時、細菌感染が原因だと思っていたそうです。


この本にも出てきますが、ある医学博士などは「鰯の頭も信心からだ、糠で脚氣が癒るなら、小便を飮んでも癒る」などと言って否定したそうです。


すでに薬品会社で商品化もされて、効果もあげていたのに認められていなかったというのは、現代にも続く権威主義や閉鎖性の弊害ですね。

ビタミンA、ビタミンDやビタミンCの抽出に成功にも日本人は大きく貢献したそうです。


日本人は本当にすごいですね。

発見の舞台は少し前に話題になった理研だったのですね。



関連記事
あさイチでうつ病に対する食事療法が取り上げられていました。そのなかで統合失調症とナイアシンについても言及がありました

幻聴・幻覚にナイアシンが効く!




posted by まっさん at 10:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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